特攻に傾倒した精神論

1945年8月14日に日本政府がポツダム宣言の受諾を決定し、翌15日、大戦の終結を国民に伝える「玉音(ぎょくおん)放送」が流れた日です。
戦況の悪化に伴い、敗戦の色が濃くなった1944年。まともな戦術で行き詰まった軍上層部は、兵士の命を顧みない「体当たり攻撃(特攻)」へ傾倒していきました。
特攻兵器の開発発端(第1号)となったのは、海軍の青年将校の発案から大本営(軍令部・参謀本部・天皇)の決定を経て実行に移された、人間魚雷「回天(かいてん)」です。
これを皮切りに、海軍の神風特攻隊をはじめ、航空特攻兵器「桜花(おうか)」、水上特攻艇「震洋(しんよう)」、潜水特攻の「伏龍(ふくりゅう)」、陸軍の航空特攻「万朶隊(ばんだたい)」や「振武隊(しんぶたい)」、特殊攻撃機「夕号(ゆうごう)」、マルレ(連絡艇)、さらには対戦車特攻にいたるまで、多岐にわたって必死兵器が実用化されていきました。
戦後、海軍の元幹部たちの証言などから「軍が強制したのではなく、熱い愛国心を持った若者たちが自ら提案したため、軍はやむを得ず認めた」というストーリーが語られたことがありました。しかし、近年の検証では、それが組織の責任や強制性をうやむやにするために、意図的に作られた側面があったとも指摘されています。
以前のブログの中で、私は「戦争は絶対ダメだ」という理想と「命(国)を守るためには戦うしかない」という現実に対して、「戦争は絶対にダメだ」という個人の良心「道徳観」。「命(国)を守るためには戦うしかない」という社会や組織のルール「倫理観」が真っ向からぶつかることがあることをお話ししました。そして、物事の真実を見出す世界観に触れています。
「命(国)を守るためには戦うしかない」とする倫理観に対して、「このままでは日本が滅びる」「必殺の特攻兵器で敵を迎え撃つ」「少しでも有利な条件で講和(戦争を終結)に持ち込む」「軍は最後まで全力を尽くして戦った」そんな「勝てない現実から目を背け、思考を停止し、前線の若者の熱意(「命(国)を守るためには戦うしかない」)に便乗して責任をうやむやにする」物事の真実を見失った常軌を逸する世界観が軍上層部にあったと言わざるを得ません。
「命の価値」を軽視し、精神論へ傾倒していった悲惨な歴史を私たちは決して忘れてはいけないのではないでしょうか。
そして、これは、単なる過去の出来事ではないはずです。現代の組織や社会においても、私たちは「不都合な事実」から目を背け、思考を停止し、問題をうやむやにしてはいないでしょうか。かつての悲劇を繰り返さないために、私たちは歴史から教訓を学び、常に「生きる価値」を最優先に据える視点を持ち続けなければなりません。